吹田市議会議員 木村ゆたか
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東日本大震災により犠牲になられた方々へ哀悼の意を表すとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

政治姿勢

千里ニュータウンに今、新しく越して来られる方がどんどん増えています。私も約35年前、1歳に満たない息子と妻の3人で、大阪市内から移り住んで来ました。大阪市内の雑然とした便利さに慣れていた当初は、正直言って「不便やなあ」「何もないなあ」と思っていました。けれど、子育ての環境として、こんなに素晴らしいまちはない、と感動したのも確かです。

千里ニュータウンは、全国初の大規模ニュータウンとして、昭和37年にまちびらきが行われ、まず佐竹台、翌年に高野台、次いで津雲台、藤白台、古江台、青山台と入居が始まりました(桃山台・竹見台は昭和42年から)。日本万国博覧会のあった昭和45年は、せんちゅうパルの前身の専門店街が千里阪急百貨店、大丸ピーコックとともに開店、また、新御堂筋、中央環状線(中環)の完成、北大阪急行・千里中央駅の開業と、千里ニュータウンが完成した年と言えます。

約35年住み続けた今では、子育て環境としてだけでなく、「自分たちで創ることができる」大きな住みがいのあるまちなのだと実感しています。年齢も職業も出身地もさまざまな人たちが、全員新参者として「ヨーイドン」とばかりに同時に住み始めたまち、全国初の大規模ニュータウンとして「自分たちでこのまちを創りあげていくのだ」と意気込みと誇りを持って住み始めたまちが千里ニュータウンです。その気風は今でも受け継がれており、そんな心意気のある千里ニュータウンが私は大好きです。

まちびらきから50年が経過し、今後更に、いろいろなリニューアルが計画されています。千里ニュータウンの住人として千里市民の声を議会に届けたい、その気持ちが募って私は市議会議員になりました。

「だれもが安心していつまでも暮らせるまちづくり」。これは私が議員活動をしていく上でのポリシーです。

千里ニュータウンは、緑も豊富でゆったりとしており、交通の便もいいのですが、新しく越してきて不安を感じておられる方も多いのではないでしょうか?そんな方々、特に子育て世代のお母さんを私は応援したいと思っています。それは私自身が子育てに深く関わり、子どもをとおして地域に関わるようになり、地域から行政へとつながっていった原点であるからです。

また、子どもが健全にいきいきと育つまちは、高齢者にとっても安全で住みやすく、活気のあるまちだからです。

もっと多くの人がずっと住みがいを感じることができるように、安心して子育てができる社会、安心して歳をとれる社会、「千里ニュータウンを創りつづけるため」さまざまな問題を適確に発見し、解決していくことが、私の議員としてのテーマです。

議会風景

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